たまり の心の日記から 第11話 加速

【当時の状況】

晴れていたのでなんと駅から徒歩で霞々の部屋まで行けました。
これだけでも今までの自分には考えられないことでした。
バス停で3つ目、15分弱の軽い散歩程度の道のりなのに、天気の良い日でも歩けませんでした。
一年半前までは営業で何時間でも歩けていたのに…。

着いてからすぐに、お正月のことを自慢げに話をしました。
とても充実していて霞々にも喜んでもらえました。

そしてこのところの体調の良さを話したところ、思いがけないことを言われました。
離婚のことを母と相談して具体的に進めたほうがいいんじゃないかしら、と。
霞々は、今がタイミングだと感じる、と伝えてくれました。
旧姓に戻りたいと思っているのだったら、それに向かって進んでみたら、と優しい口調で話してくれました。

よく分からないけれど、『慰謝料をもらう』のと『生活費を負担してもらってる』のとでは違うらしいのです。
ご主人に助けてもらうにしても、 たまり ちゃんの将来のためのお金をもらったほうがいいよ、とアドバイスされました。
まだ自分でそのことを消化できていないけれど、わかるような気もしました。

霞々は、分相応な所に住むべきじゃない?とも言いました。
確かに二人で揃えた物の中で広々と住むのはどうかと思いました。

霞々が母に電話してくれたそうです。
母と霞々で電話カウンセリングをするかどうかの相談をしたらしいのです。
霞々と自分の二人より、母を含めた三人で物事を進めたほうが速い、と。

その時、母はたくさんメモしたみたいです。
母は喜んで引き受けて一緒にやって行こうと言ってくれました。
離婚のことも一緒に彼と三人で話せばいいし、部屋だって一緒に探せばいいし、家具を売る所も一緒に探そうって言ってくれました。

そうだ。何も一人で全部背負い込むことはないんだ。
遅く動いて梅雨の時期になるより、桜の咲くころに晴ればれとした自分でいられるようにしよう。
母が霞々のことを気に入ってくれて良かった。
「しゃいしゃいって言うんだよ」と最初の頃から話しておいて良かったと思いました。

【当時を振り返って】

具合の悪い日々が長く、それが当たり前のように慣れてしまった当時の私は、日常にかかるお金が口座に振り込まれていれば、それ以上のことを深く考えもしませんでした。

この頃やっと散歩がてらに歩いたり、出先の本屋で立ち読みをしたりと、昔していたことができて嬉しかったです。
何よりも、朝7時や8時に一度ふと目が覚めるようになってきたのには驚きました。
会社員だった頃の気分が甦ってきつつあり、季節は真冬でも春の兆しが心にありました。

ただ、結婚生活の修復は無理だし、自分もする気がないと気持ちは決まっていたにも関わらず、それなら具体的にはどうすればいいのかを考える気力がありませんでした。
自分の体調管理に精一杯で、心の片隅には今後の生活への戸惑いがありましたが、とりあえず生活費も住む場所もあったし、考えないようにしていたのだと思います。

それが、霞々から『離婚』の言葉と共に、『慰謝料』『母と一緒に動く』『引越し』など次々に現実的な具体案が出されて、驚いているうちに母へ電話をしてくれる運びになっていました。

夫との結末は私の病気回復後に二人で解決するもの、と思い込んでいたので、話し合いさえもできない現実に気が重く、まだ完全に元気にさえなっていないのに動き出すのか…と不安に思う一方で、母と一緒に解決していけるという霞々の提案はホッとするものですごく嬉しかったです。

【たまり の母の想い】

霞々からの突然のお電話がありました。
心の準備もなく初めてお話をさせて頂きましたが、娘からいつも聞かされていましたので、驚いたというよりも「あぁ、この方が…」とその声に心地よさを感じておりました。

お電話の主旨は、娘を早く陸に上げる為のお誘いとご提案でした。
「3人で力をあわせれば桜の咲く頃にはきっと たまり ちゃんは良い状態になれるでしょう。第三者の力を借りても基本は『家族』なんですよ」と。

日頃からコミュニケーションが取れている母娘の関係なので、娘が立ち直るまでのプロジェクトチームの一員として参加することを霞々は希望していらっしゃいました。

正直に言えば、娘を元気にする為に自分もコンサルティングを受ける、という発想は今までありませんでした。
特効薬の無いように思える娘の病気をどなた様かが治して頂けないものかと、そればかり案じておりました。

ただ、自分1人では埒があかなかったものの、霞々という他人様任せにするだけというのも心のどこかでは引っかかっており、霞々のお誘いには心から腑に落ちてお世話になることにさせて頂きました。

お会いしたことのない霞々からの初めてのお電話であり、また今後お金が発生するお話だったにもかかわらずお願い出来たのは、やはり娘の変化を目の当たりにし、何か今までには無かったことが起きているという実感があったからだと思います。

メンタルクリニックの主治医が何度か変わる中、最初にお世話になった主治医はとても親身で、よく娘にお電話をくださっていました。
ただ、その電話で主治医と話している娘の後ろ姿は、医者にすがりながら「お願い、助けて」と悲壮感を漂わせながら叫んでいるかのようで、医師という頼れる方がいながらも不安が消えませんでした。

それに対し、霞々にはただ頼るだけという訳ではなく、自分自身が自分を治していくという意識が芽生え始めていたことを感じられたのです。

毎日電話で霞々と話したことを聞き、その内容はおろか、それを話す娘の印象が、発病以来感じたことのない覇気のある声で、何か希望の光をもたらすものの様に感じられました。
2週間に一度位は娘と会っていましたが、彼女は病気が治る可能性を信じている顔つきになっていました。

何もしてやれず、ただそばで見守る母親としてではなく、自分も参加できることがあるのであれば、是非やっていただきたいと思いました。

「こちらからもよろしくお願いします」とお返事した瞬間は、一日でも早く『元の』娘の姿に戻って欲しいというだけでしたが、霞々は「『新生』 たまり ちゃんになる為に」という言葉を使っていました。
そんな贅沢な願いを持ってもよいだなんて、安堵の気持ちとこの不思議な安心感と期待は何なのだろうとも思っておりました。

【霞々の想い】

たまり ちゃんに限らず、霞々の元を訪れて下さるクライアントさんには『霞々という存在』を家族や周囲の友人などに知ってもらうようにお願いしています。

特に人生を大きく変える内容の時などは、必ずと言ってよい程、ご家族の方に直接お会いさせて頂きます。
どうしても無理ならばお電話であれ、霞々の立場や考え方、私からお勧めしている方向性などを認知して頂き、ご挨拶に代えさせて貰っています。

自分の家族や友人が『誰のどんな影響を受けているのか』という内容を知っておいて頂きたいし、そのステップを踏むことによって、周囲の方々と『霞々』との信頼関係を築くことが大切だと思っているからです。

たまり ちゃんの場合、お父様が海外赴任され、お母様は電車で2時間離れた場所に病気の祖母を抱えて暮らしており、お兄様は遠距離の地方勤務、という連絡を取り合うにはなかなか難しい状況でした。

とは言え、当時の彼女の環境を整理し直し、新しい空気の中で『再生する手続き』を、 たまり ちゃん一人で動いてね、とは、到底アドバイス出来ない状態でもありました。

何があっても基本は『家族』にあって欲しいと願う霞々ですし、今後のいかなる場面でさえ、霞々はあくまでも『他人』です。

ご家族それぞれ大変な環境にありながらでも、お母様にお願いするのが適任ではないかと感じました。

そして一面識も無い霞々に心を開いてお聞き下さり、当然のこととして快く承諾して頂いた母親の子を想う愛情が、 たまり ちゃんを強力に陸へ引っ張り揚げる原動力であることを確信していました。

次回予告

第12話 「離婚への序章・『霞々』vs.『夫』」
霞々が夫と会ってくれることになりました。
モノクロのスローモーションのような二人の映像。
離れたテーブルから見守る たまり に告げられた霞々の感想とは…。

コメント