たまり の心の日記から 第8話 精油の世界

【当時の状況】

カモミールハーブのミルクティーを飲みながら、今回は今までよりも霞々とお喋りが出来た気がしました。ただ泣くだけじゃなく、驚いたり笑ったり、前よりも少しはそんな瞬間が多くなった気がします。

先週の帰りがけに『将来の夢をもっと具体的に考える』という宿題を霞々から出されていましたが、正直言って煮詰まってしまった1週間でした。
症状回復の目処が立たないのに、将来の夢のことなんてやっぱり考えられない。

それよりも職場復帰後の身の振り方や、先々一生やっていける仕事に就けるか心配していたら、不安に思う必要はないと笑顔で霞々は言いました。
「だってまだ会社にも戻れてないのよ、たまり ちゃん。」
本当にそうだ、その先のことを不安がるのはよそう。

リゾートを楽しむという私の夢、そしてスペシャリストとして英語を使った仕事をする夢は、復職後に叶えられるものだと気づいたのです。
なんとか英語を使って仕事をしていけたら…。

霞々は「もう将来の夢が決まっているのなら大丈夫ね。仕事をしながら学校に通うでも良し、仕事をすっかり辞めて集中的に学習するでも良し、道はいくらでもあるんじゃないかしら」と目を輝かせて言いました。
そうか、私には復帰する職場がある、まず、それだけを考えようと思いました。
それに、夢としてならばいくらでもほかの事を考えてもいいかも…などと思い始めていました。

今日は本当に不思議な日だ。
「自分のバランスを整える為に水晶を握り締めたり、お札を身に着けたり、世界中にはいろいろな面白いやり方があるみたいなの。霞々の大好きな音の世界も魅力的なんだけど、スピーカーやヘッドホンが必要でしょう?いつでもどこでも出来る素敵な魔法があるのよ!」
とはずんだ声と共にクッキーの詰め合わせのような木のかごを見せてくれました。

その中にはたくさんの精油と呼ばれる小さなビンが入っていました。
そして霞々に勧められて、目覚めの悪い私のためにマッサージ用のオイルを作ることになりました。
一緒に香りを選びブレンドしていく過程など、とにかく何もかも初めての体験でした。

霞々って何者?でも、自分の選んだ香りを霞々が使ってくれるのがとても嬉しかったのです。
オレンジの香りがするベルガモット、そしていくつかの森林の香り。
起きたらまずお風呂に10分浸かって、温めた体にオイルを塗ると、皮膚からその成分を吸収できるらしい。

効果の期待できる物は何でも試してみようと思いました。
森林の香りはスーッと気管に入って行ってハートを直撃しました。
これにはビックリ。本当に効きそうだと感じました。

霞々の部屋に初めて訪れてから3週間。
やはり朝、起きられないし、やる気がしない日も多いのが不満でした。

その悩みに
「東の太陽が見れなくても西の太陽が見れただけいいじゃない。西の太陽も見れなくてもお月様が見れればいいじゃない?」
と優しく笑いながらもあっけらかんと答える霞々。
相変わらず取り合ってもらえそうにありませんでした。

「枯れそうになってるお花に栄養剤入りのお水をあげたら、すぐにシャキッと元気になるでしょう?そのお水の働きを霞々がさせてもらっていると思うの。」
自己治癒能力の話で出てきた霞々の言葉です。
私は水を吸収して元気になる。まずはそれでいいんだって。

でも、不思議だ。ホントに霞々の所に行った後って元気になってる。
脱力感がなくなってる。
まだ日によって変わるけど様子を見てみようと思いました。
全てを委ねている状態だけど、今はこういうこともいいんじゃないかと思っていました。

【当時を振り返って】

いまだに謎ですが、この頃から脱力感が薄れ始め、どこか楽観的に考え始めていました。
出口のない病気の悲愴感と言うよりも、実現可能な未来を夢見ることで、気持ちが明るくなり始めていたようです。

自分で自分を癒すという考え以前に、その材料を手作りすること自体、「ここでお薬を作っていいの?」と疑問でした。
香りは嗅いで楽しむだけのものと思っていたのに、霞々は体と心に効く成分として、また、自然界の恵みとして紹介してくれました。

当時は霞々の言っている意味が分からないことが多く、「分からなくても、聞いていてくれるだけでいいの」と言われても、うつむいたままでした。
心のどこかでは、元気になった私を夫が見直して戻ってくれるのでは、と、かすかな期待に揺れていました。

霞々とお話しした日や翌日は調子が良くても、まだまだ感情のアップダウンの激しかった頃でした。
当時、2週間に一度通っていたメンタルクリニックでの私の診察時間は5分程度、そして主治医のコメントは次のようなものでした。

「慢性化している患者さんで10年近くもお薬を飲み続けている方もいらっしゃいますから、まだ1年半でしょう?焦ることはないですよ。ちょっとお薬を変えてみましょうか?」

処方して下さるお薬は、増えたり減ったり種類が変わったり戻ったり、まるで自分がシステムワークの一環であるかのように感じられていました。
病院というところは薬を取りに行く場所であり、そんなものなのだろう。
初めて受診した頃に思い描いていた『主治医と話し合いながら良くしていく』という感覚は、もはやありませんでした。
そしてうつ病でぼーっとするのか、薬の副作用でぼーっとするのかさえも、自分では何ひとつ分からず、薬を飲み続けていました。

一方で霞々は静かに温かみのある声で、ゆっくり私に提案しました。
「もう一年半もお薬とおつきあいしているんだから、気分の良い時は一回お休み、不安に思う時に飲むような、自分にとって一番有効な服用の仕方をちょっとだけ試してみても悪くないんじゃない?」
その言葉は自然と心に入って行きました。

【霞々の想い】

私のところへいらっしゃる方のほとんどが、身体と心のつながりに無頓着で、頭痛は頭痛薬が治すもの、筋肉痛は貼り薬、といった情報のマニュアルそのままをご自分に当てはめて解消しようとなさっています。
「じゃあ心の痛みは?心のコリは?心から発生する諸症状は?」の問いかけには首を傾げたまま、良くて精神安定剤とお答えになる程度です。

たまり ちゃんももれなくその一人でした。
そしてほとんどの方がそうであるように、肩やふくらはぎがパンパンに凝っていても気付かず、その他のツボと呼ばれる箇所を押しても、どこも響かず感じない鈍感な身体で暮らしていたようです。
具合が悪くて当たり前…という感覚でお手入れしなければ、お医者様に変化を訊ねられても、果たしてどれだけ正しく自分を伝えられるでしょうか?

「薬を飲み始めたら良くなった」ではなく「吹き出物が~」「便秘が~」「だるくて、ふらついて~」とデメリットの言葉が多く、製薬会社のCMの謳い文句のように『すぐによくなる』はずじゃなかったの!?という怒りや処方箋への疑心暗鬼、そのうち受診そのものが無関心に近くなっていったのでしょう。
主治医のドクターやお友達であるはずのお薬に対して、感謝の気持ちが無く、機械的に飲み続ける行為に対して、意識的に捉えてみてはいかが?と提案していました。

お薬は原則的に医師の処方通りに摂取するのが安全かつ効果的であり、勝手な自己判断は禁物です。
その常識を踏まえた上で、自分に合うかどうかを確認するのもケースバイケースでは有りだと思う霞々です。
効いていないのならば、飲み続ける意味も気力も失せてしまうでしょう。
たまり ちゃんの場合は既に処方されたお薬があるので、安心してセルフメンテナンスを併用することをご紹介させてもらいました。

どんなに疲れ切っていても、大人になると「よしよし、なでなで」してくれる人がいつもいるとは限りませんね。
マッサージというとおこがましいけれど、一日働いてくれたボディに対して、良い香りで「ありがとう」の想いを込めて撫ぜてあげたら…? たまり ちゃんは疲れているのでしょ…?まずはそれだけだったように記憶しています。

そしてその良い香りに薬効もあれば感謝ですよね。
『精油・アロマテラピー』という言葉がまだポピュラーではなかった頃で、 たまり ちゃんもオイルを使うという提案に
「べたつく油を身体中に塗るの!?」
といった反応で
「ハンドクリーム代わりでも、枝毛につけてもいいのよ」
というようなやりとりをしていました。
自然香水を創るというやり方もありましたが、当時の たまり ちゃんには『自分で自分をいたわる、身体を触ってみる』という行為が必要だと思ったのです。

リニューアル(再生)という響きの中に、お洒落に綺麗になりながら、というイメージが大好きな霞々にとって、精油やお茶などは、自然の知恵の宝庫&お花畑といったところでしょうか。
この頃一緒にハーブティや漢方のお茶葉などもお勧めしています。
お茶を飲み、香りを身にまとい、自分で肌に触れながら回復していく。

何世紀にも渡り、古今東西で使われてきた自然の恵みを、自分自身で自分に合うように身に着ける&ブレンドすること。
現代医学とは対照的な方法も試してみる価値はあると思いますし、『とんがり帽子』をかぶればちょっと中世の魔女みたいで気分はユーモラスです。
まるで理科の実験のようなひとときが、今後の たまり ちゃんを綺麗にしてくれたのでした。

次回予告

第9話 「優等生の代償」
子供の頃から厳しく躾けられた たまり。
優等生を目指した心の代償は意外な形となって表れていたのでした。
そのことに気づかせてくれた霞々の言葉とは…。

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